Oct 18, 2020

広島編2/3 -厳島神社と“新しき土”-

翌日の空き時間は、宮島へ。

宮島と言えば、、、

1937年日独軍事協定の際、主にドイツに日本を紹介する目的で作られたプロパガンダ映画「新しき土」(日独合作)っていうのを観たことがあるんだけど。

その映画の中で、当時16歳の原節子演じる”光子”の家は、東京という設定なのに、なぜか家の裏に出ると厳島神社の大鳥居が見えたりする。それから、鹿の群れに餌をあげたりしてる。

↓こちらがその “新しき土”。

まあこの映画、他にもめちゃくちゃな地理設定があるんだけど、厳島神社はそれだけドイツ人に見せたい風景だったって事だろうな。

ちなみに、この映画がドイツで上映される際はヒトラーとゲッベルスが自ら検閲して上映を許可したらしい。感想は「日本の生活や考え方を知るのに良いけど、長すぎる」だって(笑)。

残念ながら、大鳥居は工事中。

この「新しき土」のラストシーンでは、小杉勇と原節子が結婚し満州に移住。子供を抱きながら畑を耕し、めでたしめでたしといったシーンで終わる。日本国民に対して満州進出を印象付ける意味もあるのだろう(そういう意味での “新しき土” だと思う)。

敗戦後、このような入植者たちは捕虜になったり、収容所で感染症により死亡したり、餓死したり、、

映画の中とは言え、敗戦後この家族は一体どうなってしまったのだろうと心配になる。

運良く帰国できても、居住のあてもなく苦難の生活を余儀なくされた。闇市で商売したりして、みんな生きるのに一生懸命だった。前に訪れた岐阜のハルピン街の成り立ちも、そんな感じだったね。新宿の思い出横丁や上野のアメ横など、闇市の面影を残す場所は今もまだある。

政府は、彼らに移住用の土地を日本の各地に割り当てることにしたんだけど、どこも開墾の必要な土地で、多くの人々が過酷な状況に晒される事になってしまった。敗戦によって日本全体が困窮してて、政府も満足な支援をすることが出来なかったみたいだ。

オウム真理教事件の時に一躍有名になった山梨県の旧上九一色村もそんな “引揚者村” の中の一つ。サティアンって呼ばれる宗教施設が建てられた場所は、開拓者たちが結局手放してしまった土地だったらしい。

しかし、去年の今頃だったら、こんなにも人が疎らになった宮島を誰も想像できなかったよね。

最終日は尾道へ。

Posted in Daily drawing ManComments Closed 

関連記事