May 22, 2020

岐阜編 -ハルピン街に迷い込む-

 仕事で岐阜に行ってきた。

 岐阜駅を使ったのは初めてだったんだけど、最近できたのかな?比較的新しい建物だったよ。駅ビルの中は色んなお店が充実してて、居酒屋なんかも入ってた。洗練された駅前広場、頭上を通るアーチ状の歩道、、、近未来都市って感じ。
 でも駅前の商店街はというと、軒並みシャッターが下りていて、建物もなんだか古い。まるでゴーストタウンみたいだ。
 一本の道を挟んで、近代的な駅と古いシャッター街が見つめ合ってる。というより、シャッター街が駅を一方的に見つめてるように見えた。

 宿泊ホテルは駅から徒歩7分くらいのABホテル。さっぱりしていて清潔感がある。というか、さっぱりしすぎて若干オフィスっぽい?共用の大きなお風呂もあったらしいんだけど、自分の部屋のシャワーでサッと済ませてしまった。勿体ないと思いつつ、結構そういう事が多い。ちょっと面倒くさいからね。

 翌日の朝、チェックアウトまで時間があったから、ホテル周辺を散歩してみた。昨日見かけたシャッター通りの前まで来ると、何軒かシャッターが上がっている。どうやら、みんながみんな廃業してるわけじゃなさそうだ。
 で、もうちょっと先まで歩いてみたら、大通りから更に奥に進む道を発見した。これは、廃墟?何だか入ったら怒られそうな雰囲気すら漂っていたけど、とりあえず進んでみた。

 

 奥に進むと、ここも何件かシャッターが上がってるんだけど、やっぱり人の気配が全くしない。歩いている人もいなければ、お店の人も見かけない。まるで「千と千尋の神隠し」の冒頭のシーンみたいだ。
 天井を見上げると、恐竜の骨みたいな鉄骨でアーケード造りになっている。とても不思議な空間。

 

 とある店の奥の方にご老人がひとり、ちょこんと座って店番してるのに気が付いた。「何してんだい」とそのお爺さんに話しかけられたから、出張で東京から来た、近くに泊まってるって答えた。それから、ここはすごいですね、とも。そしたら、そのお爺さんがこの商店街の歴史を教えてくれたんだけど、それがなかなか興味深かったから、帰ってからもネットで色々調べてみた。
 つまり、それらの情報をまとめると、こういう事らしい。

 ここは、戦後北満州から引き上げてきた人々が、焼け野原と化した岐阜駅前にバラック小屋を建て、そこで古着や軍服を売り出したのが始まりらしい。それらが繊維問屋街へと発展し、いつしかこの問屋街はハルピン街と呼ばれ、日本全国から生地の買付けに商人が訪れるようになったんだとか。 

 高度成長期には繊維問屋からアパレル産業へと変わり、東京、大阪に次ぐ第3のファッション都市にまで発展した(らしい)。
 また早くから海外への発信に目を向けていて、イタリアのフィレンツェと姉妹都市の関係を結んだり、デザイナーのパコ・ラバンヌやクレージュを問屋町に招待したりした。

 でも平成になってからは、東南アジア諸国や中国製品の台頭によって、徐々に岐阜製品の影が薄くなっていった。さらに国内でもユニクロのように安くて良いものが普通に手に入る時代になって、岐阜市の人口も減っていき、、、、今もイベントを開催したりして頑張ってるみたいだけど、正直ハルピン街に賑わってるって雰囲気は全く感じなかったね。

「今は寂れちまってどうしょうもねえよ」と、お爺さん。確かに、アパレル業は仰るとおりかもしれないけれど、ネットで調べてると、岐阜駅周辺は昭和レトロの建築物が数多く現存すると言うことで、そっちの愛好家の人達にはなかなか人気らしい。ネット上には、かなりの数写真がアップされてた。
 でも冒頭に書いた岐阜駅のように、近年駅周辺は再開発が進んでいて、徐々に取り壊しも始まっている。下の写真は、ハルピン街の一部が取り壊されて、背中の部分が剥き出しになってしまったところ。ここも一部の物好きには有名なスポットらしい。

 もしかしたらハルピン街が見れるのはあと数年かもしれない。このタイミングで出会えてよかった。

 そのうち、ハルピン街は取り壊されて、当事者もいなくなって、資料や写真上だけの存在になっていくんだろうなぁ。あたりまえの事だけど、少し寂しいよね。

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