Oct 19, 2020

広島編1/3 -平和記念公園にて-

広島に行ってきた。

広島に行くのは初めてで、仕事とはいえ実は前から楽しみにしてた。

到着早々、市街地に出て広島焼きを食べたら、『じゃ夜まで自由時間だから』と元安橋付近で社長と別れた。さて、どこから行こうか。行きたいところは沢山ある。

とりあえず、原爆ドームを見たかったから、携帯で経路を調べてみた。けっこう近いじゃないか、とふと顔をあげると、すでに目の前にある。周りの緑となじみすぎていて、全然気付かなかった。まるで森の中で自然に朽ちた廃墟のようだ。

よく見ると所々補修してある。大切に保存されているんだな。

ところで、原爆ドームって元々は “広島産業奨励館” っていう広島の様々な物産を展示するための建物だったって知ってた?初めから原爆ドームじゃなかったんだね、当たり前だけど。

ひどい姿だけど、爆心地のここら辺一帯で全壊を免れたのは、この建物くらい。真上で爆発したから、今の形だけは残ったらしい。他の建物は単なる瓦礫の山と化してしまったようだ。原爆ドームは衝撃波を真上から受けたのに対して、周りの建物は横から受けてるからね。吹き飛んでしまったんだな。

原爆ドームの在りし日の姿を想像してみる。あの8月6日に一瞬にして今の状態になってしまったと思うと本当に恐ろしいよね。

中学校の図書館に「はだしのゲン」が置いてあって、僕はその漫画から当時の市民目線の広島を知った。けっこう酷い描写も多くて、当時の自分にはなかなか刺激が強かったけど。

ちょっと前に流行った “情けない男あるある” の本に、“はだしのゲンがトラウマ” って書いてあった。僕のことだな。

だから原爆ドームに来た時、ようやく来たなあ、といった感じで、なかなか感慨深かった。ここがクソ森とゲンがよじ登って対決した場所か。。あ、「はだしのゲン」の話です。

平和記念公園のベンチで休憩。観光客も少なく長閑だ。

原爆投下前、元々ここは住宅や商店が立ち並ぶ賑やかな地域だったらしい。終戦4年後の1949年に制定された “広島平和記念都市建設法” により、ここ一帯は現在の公園になったんだって。

その際、原爆で一家全滅して土地所有者がいなくなった土地を、自分の土地だと言い張る者が出てきた。そいつらはその土地を勝手に登記して政府に高く売りつけて儲けていたらしい。悪い奴らがいたもんだ。

そんなやつらがいる一方で、自分でバラック小屋を建ててここに住んでいた人たちは、公園建設の際立ち退きを強いられてしまった(ゲンの家族も)。当時、密集したバラック小屋の立ち退きは大きな問題で、公園の完成を遅らせる原因になっていたようだ。都市の美観より住宅不足に苦しむ市民を優先すべきだという批判も相当あったらしい。

はだしのゲンに 『なにが平和都市建設じゃ!くそったれ!』 てセリフがあったけど、ここを長閑で平和な公園だと思うのは僕らみたいな戦後のよそ者だけで、元々ここに住んでいた人たちは複雑な思いだろうな。

なんて事を考えていたら、そろそろ仕事の時間になってしまった。

一旦ホテルに戻る。

今回の宿泊は広島駅から徒歩5分の広島ガーデンパレスさん。バブル期に建てられたような、なかなかゴージャスなフロント。結婚式とかもやってるらしい。お部屋は何だか映画に出てきそうな雰囲気で、居心地も良かったよ。

翌日の空き時間は厳島神社へ。

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